カバー写真 (装幀=木下 弥)

内容一覧

〈小説〉
麺屋台(1959年)間ふさ子 訳
私の弟康雄(カンション)(1960年)間ふさ子 訳
将軍族(1964年)間ふさ子 訳
夜行貨物列車(1978年)間ふさ子 訳
鈴璫璫花(すずのはな)(1983年)丸川哲史 訳
趙南棟(ジャオナンドン)(1987年)丸川哲史 訳
忠孝公園(2001年)丸川哲史 訳

〈散文〉
鞭と灯(1976年)丸川哲史 訳
祖先の祠堂(1992年)丸川哲史 訳
裏道――陳映真の創作歴程(1993年)丸川哲史 訳
湧き出る孤独――敬愛する姚一葦先生(1997年)丸川哲史 訳
魯迅と私――日本の「文明浅説」クラスでの講話(2000年)丸川哲史 訳
宿命的な寂寞――戴國輝先生を悼む(2001年)丸川哲史 訳

作家プロフィール
陳映真著作年表


作家プロフィール

陳映真は現代中国語文学世界における重要な作家、思想家。本名は陳永善、また別のペンネームとして許南村がある。台北県鶯歌鎮の人。1937年台湾竹南に生まれ、淡江文理学院外文系を卒業する。中学の英語教師、また多国籍企業の社員として働いたこともあった。1959年に第一作目の小説『麺攤(麺屋台)』を発表、その後に『我的弟弟康雄(私の弟康雄)』、『故郷』などの小説を発表。文壇において才気を発揮し、独自の旗錦を示すこととなった。1968年「マルクス・レーニン共産主義、魯迅など左翼の書籍、及び共産党宣言などを読む読書グループを組織した」といった罪名により逮捕され、緑島に送られるも、1975年には特赦により釈放される。入獄期間に「自身が歩んできた生き方に真剣な反省を行い、現実社会への深い認識を養い、一人の小市民知識人から国と民を憂うる愛国的知識人へと歩み始める」。1977年、郷土文学論争に加わる。1983年、米国に赴き、アイオワ大学「インターナショナル・ライティング・プログラム」に参加する。「呉濁流文学賞」と『中国時報』の「小説推薦賞」を得る。1985年、雑誌『人間』を創刊し、社会的責任感、また社会への公平と正義を唱道する左翼の立場から一世代の若者に影響を与えた。1988年に「中国統一連盟」に参加、組織を成立させた。また創立主席に就任し、両岸の平和統一を促進するため怠らぬ仕事を為す。一九八八年、人間出版社から『陳映真作品集』15巻を出版。2001年、洪範書店より『陳映真小説集』6巻と『散文集』1巻を出版。陳映真の最重要文集として『陳映真文集』、評論集『知識人的偏見』、『孤児的歴史、歴史的孤児』。また英語、ドイツ語、韓国語などに翻訳されたものがある。


訳者紹介

間 ふさ子(あいだ・ふさこ)
2005年九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程退学。現在、福岡大学人文学部東アジア地域言語学科教授。専攻は中国文学。
著書に『中国南方話劇運動研究(1889-1949)』(九州大学出版会、2010年)、共訳書に胡昶・古泉『満映――国策映画の諸相』(パンドラ、1999年)、藍博洲『幌馬車の歌』(草風館、2006年)、洪子誠『中国当代文学史』(東方書店、2013年)など。

丸川哲史(まるかわ てつし)
1963年和歌山市生まれ。2002年一橋大学大学院言語社会研究科博士課程修了。現在、明治大学政治経済学部/教養デザイン研究科教授。専攻は東アジアの思想・文化。
著書に『台湾 ポストコロニアルの身体』(青土社、2000年)、『リージョナリズム』(岩波書店、2003年)、『竹内好』(河出書房新社、2010年)、『台湾ナショナリズム』(講談社、2010年)、『魯迅と毛沢東』(以文社、2010年)、『思想課題としての現代中国』(平凡社、2013年)、『魯迅出門』(インスクリプト、2014年)、『阿Qの連帯は可能か?』(せりか書房、2015年)など。